こんにちは。
今回は私が大学院で研究分野に選んだ認知症の神経病理学についてお話しします。
少し難しい内容かもしれませんが、なるべくわかりやすく説明したいと思います。

病理学とは

病理学とは、病(やまい)の理(ことわり)を読み解くため、つまり病気の原因や成り立ちを研究する学問です。
実際には、病気になった患者さんの身体に生じている変化を主に形態学的に観察し研究しています
ヒトの体は小さな構成単位から順番に、細胞<組織<器官<器官系でできているので、それぞれの変化を観察しますが、最終的にはどのような細胞レベルでの異常が病気の原因になっているかを調べます。
また近年では遺伝子の異常が細胞レベルの異常の原因になっていることも多いため、遺伝子の異常もその研究対象です。

神経病理学を学ぼうと思ったきっかけ

神経病理学とは神経疾患の病理学のことを指します。
以前のコラムでご紹介した通り、神経内科で扱う病気は非常にたくさんあり、その原因も様々です。
神経内科専門医試験を受けるにあたって、より深くこれらの病気について勉強をする中で病気の原因を調べる神経病理学に興味を持ちました。

認知症の神経病理学

特にアルツハイマー病に代表される神経変性疾患というグループの病気はいずれも、生前の神経症候コラム「神経診察で大切にしていること」参照)とお亡くなりになった後に調べた脳の異常を一つ一つ丁寧に比較検討することで発見されてきた病気です。

例えば認知症の原因として最も多いとされているアルツハイマー病は、ドイツのアルツハイマー博士が1906年に報告した1例の認知症患者さんがその始まりです。
当時、認知症の原因のほとんどは大酒飲みでビタミンB1が足りなくなって発症するウェルニッケ・コルサコフ症候群か、梅毒の感染によって起こる神経梅毒のいずれかでした。
アルツハイマー博士の患者さんの脳はどちらの変化も認めず、その一方で著しい脳の萎縮と顕微鏡で老人斑と神経原線維変化という特徴的な構造を認めました。
その後、同じような脳の変化を認める認知症患者さんが相次いで報告されるようになり、アルツハイマー病という病気が確立しました。

アルツハイマー病に次いで多いレビー小体型認知症は、日本の小阪憲司先生が発見した病気です。
アルツハイマー病と診断されていた患者さんの大脳にも、パーキンソン病で報告されていたレビー小体と同じものが多数あることを発見し1976年に報告されました。
その後、欧米でも同様の報告が相次ぎ、1995年にレビー小体型認知症の診断基準が確立します。

さらに、その後の研究によりアルツハイマー病の老人斑はアミロイドβ(ベータ)というタンパク質が集まってできたもの、神経原線維変化はタウというタンパク質が集まってできたもの、レビー小体はα(アルファ)−シヌクレインというタンパク質が集まってできたものであることが発見されました。

アルツハイマー病やレビー小体型認知症だけでなく、他の神経変性疾患もこのような異常なタンパク質が蓄積して発症する病気であることがわかってきました。
そしてこの領域の研究はまだ現在進行形であり、これまで分類不能と考えられていた病気が一つの病気と考えられるようになったり、同じ異常タンパク質が蓄積して発症する病気でも微細な構造が病気ごとに異なっていることがわかってきています。

大学院博士課程での研究

こうした点に非常に興味を持ったため、神経内科専門医を取得した後のキャリアとして名古屋市立大学大学院へ進学し、愛知医科大学の加齢医科学研究所で神経病理学の研究を行いました

加齢医科学研究所は日本でも数少ない神経病理学の検索を系統的に行なっている研究室です。
東海3県の主要な病院から解剖依頼をいただいた患者さんの脳を調べて神経病理診断を行い、神経疾患の病態解明につながる研究を行なっています。
加齢医科学研究所ホームページ

私もスタッフの先生方のご指導の元、神経病理学の基礎を学びながら実際の患者さんの神経病理診断を行なって各病院・各地域での臨床神経病理検討会で主治医の先生とディスカッションして神経疾患の理解を深めてきました。
加齢医科学研究所には6000例以上の症例の蓄積があり、豊富なデータや標本を用いていくつかの研究を進めて、その内の1つを論文化して学位を取得することができました。

3年間の研究生活で得られたもの

もちろん学位(医学博士号)を取得できたことは一番ですが、研究を遂行するために論理立てて物事を考えたり、試行錯誤を繰り返して結果を導き出す根気強さ、失敗を成功に変える課題解決力、結果やデータを分析して結論を導き出しそれを文章にする力が身に付いたと考えています。

研究テーマに関連する文献(過去の論文)は精読しますので、最新の知見も含めて神経疾患の病態について深く学べたと思います。

また3年間で300例以上の臨床神経病理検討会に参加し、典型例も非典型例も含めて様々な患者さんの生前の神経症候と最終的な病理診断を突き合わせて検討できたことは自分にとって大きな経験値になりました。

また臨床神経病理検討会や研究を通じて様々な病院や大学の先生方と横の繋がりが持てたこともとても貴重な財産です

ライフワークとしての神経病理学研究

令和2年に大学院を卒業した後も、クリニックでの診療の合間を縫って研究を続けています。

神経変性疾患の中には長らく原因がわからなかった病気がたくさんあります。
それがこの30年余りで研究が飛躍的に進み、新しい治療が見つかる期待が高まっています。
実際、一昨年から日本で使えるようになった新しいアルツハイマー病のアミロイドβに対する点滴治療薬は、上で述べた老人斑を除去し病気の進行を抑える効果が期待されています。
今後、他の変性疾患でも研究が進んでこのような新しい根本的な治療薬に繋がっていくことを期待しています。

そのような局面に立ち会えていることに非常にやり甲斐を感じており、まさにライフワークとして続けていきたいと考えています。
そして徳重クリニックでは上で述べたような研究で学んだことやその成果、研究から得られた経験を患者さんに還元していきたいと思っています。
難しい内容もなるべくわかりやすく説明いたしますので、不安に思ったこと、疑問に思ったことなど、お気軽にご質問ください。

<参考文献>
日本認知症学会(編) 認知症テキストブック 中外医学社
中島 健二 / 天野直二/ 下濱 俊 / 冨本 秀和 / 三村 將 (編) 認知症ハンドブック 医学書院


北名古屋市 徳重・名古屋芸大駅徒歩3分
内科・脳神経内科・循環器内科・小児科
徳重クリニック
院長 池田知雅
神経内科専門医、認知症学会専門医
頭痛外来、もの忘れ外来